デス・オーバチュア
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光と影、表と裏。 闇の世界において、私は光である彼女の影であり、一族の裏側……穢れだけを一身に背負わされて生きてきた。 一族の希望である彼女は何も知らない。 自分達一族がどれだけ穢れた存在なのか、その醜い本質、本性を……。 幸せな幸せなお姫様……私のたった一人の……愛おしいまでに愚かな妹……。 「……胴は繋がったままか……貴方の身代わりになったその剣に感謝する事ね……」 アンブレラは、己の足下に倒れ伏している妹を、冷たく眼差しで見下ろしていた。 ニルヴァーナの光刃によって横一文字に斬り捨てられたDは気を失っているのか、身動き一つしない。 Dの周りには、打ち砕かれた断魔姫剣の破片が、まるで彼女を守るかのように取り巻いていた。 「闇(フィンスタアニス)……闇の姫君(ダークハイネス)……光喰い(我ら)の希望……望まれた子……」 アンブレラはニルヴァーナを持つ左手を振りかぶる。 「影(アンブラ)……永遠に闇にはなれない影の奴隷(シャドウスレイブ)……誰からも望まれない者……昼は兵器、夜は奴隷……」 振りかぶったニルヴァーナの先端から再び爆発的な勢いで光刃が噴き出した。 「ねえ、知っていた、フィンスタアニス? 私達の唯一の肉親だったあの祖父(爺)は好好爺として孫の貴方を可愛いながら……裏では、もう一人の孫である私を毎晩犯していたのよ……フフフフッ……」 アンブレラは自嘲的に、自虐的に笑う。 「きっと本当は可愛い可愛い貴方を犯したかったんでしょうね……でも、『姫』であり、一族の『希望』である貴方には手を出すわけにはいかない……だから、ただの『兵器』であり『奴隷』の私で我慢した……ただの『物』に過ぎない私ならどんなに乱暴に扱っても無問題ですものね……クッ、フフフフッ……」 自嘲と自虐の笑いに呼応するように、ニルヴァーナの光刃の輝きが増していった。 「爺だけじゃない! 光喰いはどいつもこいつも屑ばかり! 昼は私一人に闇喰い達と戦わせて、自分達は享楽に耽り、夜は皆で私の躰を貪った!」 アンブレラの薄紫の瞳に憎しみの炎が宿る。 「最強の破壊兵器にして、爺の肉奴隷、屑共の性欲処理機……昼は戦い傷つき、闇喰いの血で穢れ……夜は休むことも許されず、屑共の欲望のはけ口として犯され朝まで汚され続ける……それが私にとって当たり前の日常だった……」 「…………」 気を失っているDは、アンブレラの吐き出すような告白に何も応えなかった。 「あんな一族滅んで当然よ……少なくとも、この私にだけは一族を滅ぼす権利と資格があった! それだけは誰にも否定させない! それを否定するなら私と同じ目にあってみせろ! 私だからあの地獄に耐えられた! 私だからあの地獄で狂わずにいれたのよ!」 同じ目にあって、それでも慈愛の心や優しさで許す……それが可能か不可能か以前に、自分以外の者が同じ目にあえば、間違いなく死亡するか発狂するだろう。 「……解る、フィンスタアニス? 同じ親から生まれながら、くだらない予言と、持って生まれた力の質が彼らの望む純粋な闇の力ではなかった……たったそれだけの理由、違いで、貴方は『姫君』、私は『奴隷(戦争と性欲処理の道具)』として扱われた……幸せな貴方を『逆恨み』する理由、正当性が私にはあると思わない?」 アンブレラの瞳からいつのまにか憎しみが消え、口元の自嘲と自虐だけが増していた。 「……貴方のせいじゃない、貴方には何の罪もないとどれだけ頭では解っていても……貴方が可愛ければ可愛い程、無邪気に私を慕えば慕う程……憎悪と殺意が抑えられなくなる! 愛しく愚かな妹(フィンスタアニス)!」 瞳に再び憎しみの炎を宿したアンブレラは、Dにニルヴァーナを振り下ろそうとする。 「……お……お姉様……」 「うっ……」 蚊の鳴くような微かな声、しかし、アンブレラはその声を聞き捉え、ニルヴァーナを振り下ろす手を止めた。 「……ご……ごめんなさい……お姉様……」 Dは微かに薄目を開けて、震えるように微かに唇を動かして言葉を紡いでいる。 「……気がついていたのね……それとも、気絶したふりをして、私の隙でも狙っていたのかしら?」 アンブレラは、意図的にDを見下すかのような態度をとった。 「……ごめんなさい、ごめんなさい、お姉様……わたくし、何も知らなくて……本当、愚かな妹で……だから、お姉様を……」 「黙れっ!」 Dの弱々しい声を、アンブレラは一喝で掻き消す。 「私を同情するな! 哀れむなっ! 憎め! お前はただ私を憎んでいればいい!」 普段と違う乱暴な口調でアンブレラは一気に捲し立てた。 「……お……お姉様……」 「その目をやめろ……私を哀れむような目で見るな! だから、お前に真実は話したくなかった……お前に許されるなど……哀れまれるなど……これ以上、私を惨めにさせるなっ!」 アンブレラはニルヴァーナを横に一閃する。 「くっ……ぅ……」 巻き起こった風がDをアンブレラの前から吹き飛ばした。 「いいか、私はお前から祖父を、仲間を……幸せな世界を奪った『仇』だ! それを忘れるな!」 「……お姉様……違う……悪いのは……わた……」 数百メートル先まで飛ばされたDは、地を這うようにして姉に近づこうとしながら、 必死に言葉を紡ぎ出そうとする。 しかし、実際にはDはその場から殆ど動いておらず、声もアンブレラに届かない程掠れていた。 もう彼女には地を這う力も、声を出す力すら満足に残っていない。 目を閉じてしまわないように、意識を手放さないように抵抗するのすら、ギリギリの状態だった。 今、ここで気を失うわけにはいかない。 謝らなければ……絶対に許してくれるはずなどないけど……それでも姉に謝らなければ……。 この瞬間を逃したら、自分達姉妹は永遠に許し合えない、理解し合えない……そんな気がした。 「解らないのか? お前に謝られれば謝られる程、私は惨めになる……幸せでごめんなさい? 不幸せなお姉様に気づけなくてごめんなさい? ふざけるな! 私はお前に哀れまれるのだけは我慢できぬっ!」 混乱、不安定、アンブレラの乱れた感情を表すかのように、彼女の全身から紫黒の闘気が溢れ出し、荒れ狂う。 「……違う……お姉様……そうじゃ……」 「黙れ黙れ黙れっ! 私はお前を許せるほど、愛せるほど、純粋じゃない……身も心もこの世でもっとも穢れきった女だ……」 「違う違う……お姉様は汚れてなんて……」 「黙れぇっ! 黙れと言って……ぐっ!?」 「ヒャハッ! じゃあ、てめえが黙んな。永遠にな……ヒャハハハハハハハハハッ!」 アンブレラの左胸から黒い爪刃が突き出ていた。 「ヒャハハハハハハハハッ! やっと隙を見せやがったな、くだらねぇ三文芝居につきあった甲斐があったぜっ」 黒い悪魔が嗤う。 アンブレラを背後から刺し貫いたのは、四枚の悪魔ダルク・ハーケンの左手の爪刃だった。 黒の悪魔騎士にして黒の大司教、奈落の暴君(アピス・タイラント)、冒涜の規格外(ディシクレイション・ガイバー)、絶叫の処刑人、戦慄のギターリスト、絶望の旋律、天使喰い、といったいくつもの異名を持つ悪魔の中の悪魔。 黒髪黒瞳、メタリックな感じの服地の黒いズボンとジャケットをラフに着こなし、体中に大量の銀や黒のチェーンやアクセサリーを纏った青年。 「逝きな」 呟きと共に、爆発的な青白い電光がアンブレラの全身に解き放たれる。 「この程度でてめえを殺れるとは思ってねえが、ちょっとは痺れるだろう? それにオレの青雷はあのクソ幼女以上にてめえの光(好物)とは程遠いぜ!」 青い電光がより激しさを増して弾け、閃光がアンブレラの姿を呑み込み見えなくした。 「ヒャッハハハハッ! どうだ死ぬほど刺激的だろう? 遠慮なく青雷(オレ)の快楽に酔いなっ!」 青雷の閃光は限界なくその激しさと眩しさを増していく。 「その間に喰わせてもらうぜ……てめえの全てをなっ!」 『スプラッシュバイト』 ダルク・ハーケンがさらに何かをしようとした瞬間、何もない地面からいきなり黒い水飛沫が跳ね上がり、彼の左腕を肘から『切断』した。 「がああああっ!? なんだとぉぉっ!?」 切断された腕から血が噴き出すよりも速く、ダルク・ハーケンはその場から飛び離れる。 直後、新たな黒い水飛沫が、ダルク・ハーケンが先程まで立っていた場所を通過していった。 「ちぃっ! 誰だ、てめえっ!?」 ダルク・ハーケンの右手の袖口から、綱(ザイル)付きの釘(ハーケン)が撃ちだされる。 だが、釘は目標に届く前に、左右から出現した二つの水飛沫によって切り落とされた。 「…………」 切り落とされた釘の前に、一人の少女が無言で立っている。 四角い襟とカフス(袖口)の二本ラインと、ネッカチーフだけが血のような赤色をした黒いセーラー服を纏った黒髪のエルフ……ウィゼライトだった。 「……出過ぎたまねをして申し訳ありません、アンブレラ様……」 そう言って、ウィゼライトは深々と頭を下げる。 「あん?」 「いいえ、素直に助かったわ、ウィゼライト」 「げぇぇ!?」 背後を振り向こうとしたダルク・ハーケンの顔面に、光刃を消したニルヴァーナの先端が叩き込まれた。 ダルク・ハーケンはボールか何かのようにかっ飛ばされる。 「忘れ物よ」 「がはああっ!?」 かっ飛んでいくダルク・ハーケンの左肩に、切断された彼の左腕が突き刺さった。 そして、ダルク・ハーケンの姿は完全に地平の彼方に消えていく。 「アンブレラ様……お怪我の方は……?」 ウィゼライトはアンブレラの傍まで駈け寄ると、心配げに尋ねた。 「問題ないわ……あの男自身が言っていたように、この程度の電撃では私には殆どダメージはない……まあ、光の質が異質て吸収できなかったのもあの男の言ったとおりだったけど……もう少し時間をかければ同調できないことも……ん」 アンブレラは視界に、今だ地に伏したままのDの姿を捉えると、言葉を止める。 「……あんな程度の不意打ちをくらうなんて、後でセレナに死ぬほど笑われるわね……」 「……ね……お……お姉様……」 「……くっ……」 一瞬、苦痛に顔を歪めたかと思うと、アンブレラはニルヴァーナを背後に投げ捨てた。 ニルヴァーナは空間に溶け込むように消失する。 「アンブレラ様?」 「魔皇剣を使いすぎたわ……どれだけエナジーを回復させて外見を復元させても、右手への負荷と黒死鳥に喰われた内面の消耗だけは別……」 「……アンブレラ様……」 ウィゼライトは、ふらつき倒れそうになったアンブレラを支えた。 「……運が良かったわね、フィンスタアニス……今回はここまでよ……」 「……お姉様……待っ……」 「帰るわよ、ウィゼライト……」 「……はい……」 ウィゼライトは、いくらアンブレラが弱っているとはいえ、Dに『トドメ』を刺す力ぐらいは残っているだろうし、何なら自分が変わりにトドメを刺してもいいと思ったが、そのことを口には出さない。 アンブレラが『見逃す』つもりなら、自分もその意志に黙って従うだけだ。 「……お……姉……様……」 ウィゼライトに肩を借りながら、アンブレラはゆっくりとDの前から遠ざかっていく。 「……待っ……お願……姉ぇ……」 Dは姉を引き留めようと、手を伸ばそうと、声を絞りだそうとするが、それは叶わず……限界に達した彼女の意識は闇の深淵と沈んでいった。 一言感想板 一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。 |